このホームページでは「韓国」にまつわる様々な美しさを紹介していきたいと思っています。今回は詩の朗読を通して「韓国語の美しさ」と「韓国人の美意識」をお伝えできればと思います。
私は韓国の文学作品にふれるとき、仕事柄朗読したときに美しく
聞こえる作品についつい目がいってしまいます。(^^)
今回取り上げた作品は韓国ではとても知られた詩です。
本当に優しくて綺麗な響きを持っているので大好きな作品の
一つですね。
作者は한용운。 ハン・ヨンウン(1879~1944)先生は進歩的な考え方を佛教の世界に持ち込んだ僧侶であり、日本植民地時代は独立運動家としても活動された方です。
詩人としても韓国を代表する一人です。
나는 당신을 그렇게 사랑하렵니다
한용운
사랑하는 사람 앞에서
사랑한다는 말은 안 합니다.
아니하는 것이 아니라
못하는 것이 사랑의 진실입니다.
잊어 버려야 하겠다는 말은
잊을 수 없다는 말입니다.
정말 잊고 싶을 때는 말이 없습니다.
헤어질 때 돌아보지 않는 것은
너무 헤어지기 싫기 때문입니다.
그것은 헤어지는 것이 아니라
같이 있다는 말입니다.
사랑하는 사람 앞에서 웃는 것은
그 만큼 행복하다는 말입니다.
그러나 알 수 없는 표정은 이별의 시작입니다.
떠날 때 우는 것은 잊지 못하는 증거요.
뛰다가 가로등에 기대어 울면
오로지 당신만을 사랑한다는 말입니다.
함께 영원히 있을 수 없음을 슬퍼하지 말고
잠시라도 같이 있을 수 있음을 기뻐하고
이만큼 좋아해 주는 것에 만족하고
나만 애태운다고 원망 말고
애처롭지만 사랑할 수 있음에 감사하고
주기만 하는 사랑이라 지치지 말고
더 많이 줄 수 없음을 아파하고
남과 함께 즐거워한다고 질투하지 말고
이룰 수 없는 사랑이라 일찍 포기하지 말고
깨끗한 사랑으로 오래 간직할 수 있는
나는 당신을 그렇게 사랑하렵니다.
私はあなたをこのように愛したいのです。
韓龍雲 ハン・ヨンウン
愛している人の前では
愛しているという言葉は言いません。
言わないのではなく
言えないことこそ真実な愛だからです。
忘れようと言うのは
忘れられないからです。
本当に忘れようと思っている時、人は何も言いません。
別れる時、振り向かないのは
別れたくないからです。
さようならということではなく
一緒にいたいと語っているのです。
愛している人の前で笑っているのは
それだけ幸せだということです。
表情が薄れて来たら、それは別れのはじまりです。
去っていくとき泣くのは忘れられないことの証です。
走り去った彼方、街灯のもとに泣く姿を見たら
どれほどあなただけを愛していたか、わかってあげてください。
永遠に一緒でないことを悲しまず、
少しでも一緒にいられることに喜び、
こんなにも好きになってくれたことに満足し、
私を悲しませているからといって恨んだりせず、
悲しくても愛せることに感謝し、
捧げるだけの愛に疲れることなく、
もっと捧げられないことに心を傷め、
他の人と楽しんでいるからといって嫉妬などせず、
叶えられない愛だからとすぐ諦めず、
この清い愛をずっと大切に出来るよう
私はあなたをこのように愛したいのです。
日常的に使う言葉で美しい響きをつくった素晴らしい作品だと思います。言葉がやさしいため、人それぞれの世界を広げてくれるところも大きな魅力だと思います。
「男女の愛」「人の生き方」、人によっては宗教的な意味も感じるかもしれません。
みなさんは響きと言葉からどんなことを想いましたか?
日本語訳、うまくいっているでしょうか?
いつも思うのですが韓国語だとすんなり心に入ってくるのに日本語にするとそのニュアンスが別なものになってしまう気がしてけっこう悩むのです。韓国語と日本語って同じ意味の言葉でも微妙に
ちがったニュアンスを纏っていて、二つの言語の違いを痛感しますね。
これって韓国人と日本人の感覚の違いにもつながっているのかな~?
今回特に迷ったのは、『뛰다가 가로등에 기대어 울면 오로지
당신만을 사랑한다는 말입니다.』の部分。
直訳すると『走っていて、街灯にもたれかかって泣けば、
ひとえにあなただけを愛しているということです』になります。
なんて味気ないんだろ~と思いました。
なので『走り去った彼方、街灯のもとに泣く姿を見たら どれほど
あなただけを愛していたか、わかってあげてください。』と韓国語で感じたニュアンスを少し加えて翻訳しました。伝わるかな、、、
しかし、この作品で한용운先生が言いたい「愛し方」は一見簡単そうで、なかなか出来ないとつくづく思わされるのです。
朗読は自分に言い聞かせるように読んでみました。