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[紅い声と碧い声] 第01回

2006年12月03日
第1回放送分(30:35)mp3

[本日のオープニング]

『あなたは初対面の時、相手のどこを見ますか?』

[本日のテーマ]

新大久保のある韓国食堂でおきた韓国人同士の乱闘劇、実はその壮絶な風景よりももっと寒くなる風景がその横で…。それは、いくらなんでもおかしいじゃないよ〜と思い、祐民子ちゃんにぶつけてみました。二人が感じた「???」の部分、皆さんはどう思いますか?皆さんのご意見、ご感想、待ってま〜す!

by イム・チュヒ

[本日の1曲]

服部祐民子 6th Album「青虫」♪服部祐民子「お願い」
6th Album「青虫」より)

往復書簡(コメント)

番組を終えた後にお互いが感じたことや改めて思ったことを、
ここで往復書簡としてやりとりします。
イム・チュヒ[TypeKey Profile Page]

ゆみこちゃん
風邪をひいたと聞き、心配になってホームページを覗いてみました。結構長引いていたのですね。韓国では風邪をひいたらスライスした生姜を煮詰めてお茶にして飲んだりします。一度、試してみてね。
さてさて、今回、子供の教育にまで話が飛びましたが、体で覚えてもらうということは、今、数多く起きている虐待ではなく親が「体を張って」子供に教えるものなのだと思います。番組で少し言葉が足りなかったのではないかと思い、ゆみこちゃんにこのメールを書いているのです(まあ、充分に分かってもらえたとは思っているのですが)
つまり「体を張る」ということは「真正面から向き合う」あるいは「心から向き合う」と言うことではないでしょうか。
これからもゆみこちゃんとの色々なお話、楽しみにしています。
さて、明日から寒くなるということです。くれぐれもお大事にネ!
                      ちゅひ

服部祐民子[TypeKey Profile Page]

チュヒさんへ

ありがとうございまっす!チュヒさんもウィルス系の風邪、大変でしたね。生姜は確かに身体が温まりますねー。寒い日とかにもいいかも。

私は私で、久しぶりのラジオということもあり、放送を聴いてみるとマジで口が回ってない・・・(わはは)。それに比べて滑らかなチュヒさん。さすがだなぁと思わさせられました。ううう。もうちょっと滑舌良く話すようにしよう。

>数多く起きている虐待ではなく
>親が「体を張って」子供に教えるものなのだと思います。

そうですね。「身体を張る」「正面から向き合う」。言葉では簡単に言えてしまうけれど、実際には難しいことかもしれない。それが出来るからこそ親子関係でも人間関係でも、心を伝えられるのかな。チュヒさんは本当にちゃんとお子さん達と向き合ってるなーって思います。うちの親は私に言葉だけではなく心で伝えてくれたから、やっぱしっかり向き合ってくれていたんだなぁ。

自分は子供もいないし、こういう話は机上の空論になってしまいがちだけれど、子供との関わりはここ数年だいぶ増えた分いろいろ考えます。子供がいるいないに関わらず、学校や親だけでなくて大人ひとりひとりが、とにかく目を向ける、そして向き合うってことを積極的にやっていかんとなぁと思います。子供・大人に限らずね。私もそのひとりだし。

あ、話は変わって、番組の中で映画やゲームについてのリアルの話をしましたが、どうも聴いていると私も上手く言えていなかったみたいっす。想像力があれば、きっと痛みや怖さを感じるものだけれど・・・。どうなんだろう?最近は想像力の欠落している人がちょっと多くなっているようにも思えて来ます。チマタではよく「ゲーム脳」なんて言いますが、あれはゲームのせいだけなのかと言えば決してそうではないと思うんですがね。

・・・長くなっちまいましたのでこの辺で。また色々話しましょう!チュヒさんも治って間もない身体、無理は厳禁ですよ〜。

イム・チュヒ[TypeKey Profile Page]

この番組が始って、、、と言っても昨日始ったばかりなのですが、、、初めてのメールが届きました。すご~く嬉しい。
Nさん、ありがとうございます。

番組の中でのおしゃべりの時に気付かなかったことなど、Nさんのメールを読ませてもらいながら「なるほど~」と思いました。

多分、私がその場にいても「我関せず」だと思いました。 だって怖いもの。何されるか分からないし、きっと言葉も分からない、もしかしたらどこかに連れて行かれてしまうかもしれない。

番組で喋った時、「何で助けないのよ~」とまるで正義派のように少し興奮してしまいましたが(^^;)、、、
確かに私だって韓国人ではなく他の外国の人だったら無理だったのかも知れないですね。
やはり時と場合によるのかな~。と思いつつも、狭いお店の中で彼女たちのところにまったく違う空間があったことはいま考えても不思議です。

韓国の方が喧嘩っ早いと言うのは、多分日本人の大半がそうでしょう。

まあ、日本人から見て韓国人のイメージってそんなものかな、とは思っていましたが、「やはり」そうなんですね。そういうイメージって、すでに固まってしまった偏見の一部分なのかしら。確かに韓国人何人かで喋っていると、言葉でもわからない限り、喧嘩でもしてるんじゃないかと思ってしまうくらい声も大きいですからね。
韓流以来(?)、普通(?)の韓国人たちのイメージも変わったと思っていましたが、、、。喧嘩っ早いというか、本当は韓国人って結構<フランクな人たち>なんですけれどもね。(すぎるのがたまにキズかな)(^^)

だってテレビのニュースでは、韓国と言えば殆どデモですから、仕方ないかと思います。ニュースを見ている限り、 私の感覚では、アメリカ=訴訟、韓国=デモです。

皆さんの頭に強烈に焼きついている<デモのシーン>というのは、日本のマスコミが、コレでもかというくらい流していた、80年代の大学生の民主化運動が大半だったのではないかと思います。私はその時、日本にいたのですが、デモのシーンを見る度に「皆が皆、そうじゃないのに、、、」と悲しんでいましたね(^^)だって、テレビだけを見ていると、まるで韓国全体でデモが起きていて普通の生活ができないのではないかと思えるくらいでした。
私はその時、マスコミの影響って本当に怖いな~としみじみと思ったものでした。
その話はまたラジオでしましょうね…。

ところで、「今の若い子」とは言っても、40代以上の人のマナーも最悪ですよ。

確かに「今の若い子、今の若い子」とかなり連発していましたね。ごめんなさ~い!
でも「何で?」と首を傾げる場面がものすご~く増えてきているような気がして、ついつい連発してしまいました!世代でひとくくりに語るのはいけないことですね。ごめんなさい。

若者もまだまだ捨てたもんじゃないですよ。

ゆみこちゃんのこの前の書簡で「想像力の欠落している人が多くなっている」という一文がありました。「若者」とか「どの世代が」ということとは関係なくそれには同感です。そして、<感謝の気持ち>を抱く機会も少なくなってきているような気もします。
それがなぜだかわからないけど…。
ゆみこちゃんはどう思う?
想像力を働かせることも感謝の気持ちも忘れないようにしなくちゃ、、、

毎回楽しみに聞くので、お二人とも頑張ってくださいね。

こう書いてきてくれたNさんにとても感謝!感謝!です。
 
                      ちゅひ

服部祐民子[TypeKey Profile Page]

なかはらさん、メッセージありがとう。

今も昔も色んな人がいるワケで、確かに「世代一括り」は危険っすよね。自分はちょっと前まで「今の若いモンは・・・」と嘆かれていた筈なのに、三十路を過ぎたら自分がそんなこと言いそうになって、ブハハと笑けてしまったりもします。人間が存在し始めた頃からそういうのは繰り返されていたようだから、ある意味変わっちゃいないんですね。

ところで、「今の若い子」とは言っても、40代以上の人のマナーも最悪ですよ。

ホント、そういうことなんだろーなぁ。

ただ、「世代一括り」と同じ意味で、「国一括り」はやはり危険かもしれません。世代ですらいろんな人がいるんだから、国なんつったらいろんな人の固まりだもん。両国がどうも韓国のイメージ、日本のイメージってものを、マスコミ等の垂れ流すステレオタイプなイメージでそのまま想像してるんすよね。やっぱそういう映像や情報でこびり付いたものってのは、実際に自分で見て体験して、関わらないと離れない。報道の仕方って大事だなーと思うのと同時に、それを一部ではなく全部と捉えてしまう今の怖さを感じます。

確かに、韓国の方がグワーっと喧嘩してりゃそりゃ怖いし、ラジオで言ったとおり私にゃそこに割って入るなぞ無理。でもそれってどこの国の人間だろうと怖いんだよなー。ただ「そこでシレーっと酒飲んでるのはどうなんだろう?」っていうチュヒさんの疑問は非常に良く分かります。


メッセージ、また届いているようで嬉しいです。こちらは鈴木さんから。

日本も韓国も「核家族化」が進み家族や近所の人とのコミュニケーションが少なくなってきたことにより「自分は自分、他人は他人」という考え方に変わってきた為に「自分さえ良ければ他人がどうであろうがかまわない」と思っている人が増えてきたことに原因があると思います。

ジジ・ババがいて、父ちゃん・母ちゃんがいて、姉妹兄弟がいる家庭環境って、最初の人間関係を形成する上ではとても素晴らしいものなんすね。私の小さい頃はそういう中で育ったから(+伯父さんとお向かいにもう一組ジジ・ババ)その良さにあんまし気付かなかったけれど、核家族化が進み、二・三世代同居や兄弟姉妹の数が減った今では、なるほどと思うことも多いです。
でも逆に「核家族が増えたから良くないのだ」としてしまうのもあまりに短絡的かつ希望がないんで、それならどうしたらいいのか、考えていきたいっすね。ご近所や他所など、人との関わりを増やしていくことで、最初の狭い世界を少しでも広げられるように。

ただ、無関心では無くても正義感を出したら殺されてしまうこともある「怖い世の中」でもあるのが悲しいですね。

そういうニュース、たまに流れると本当に居たたまれない気持ちになります。事なかれ主義を責められない部分ってこういうことがあるから。その人にとっては当たり前の正義感も、「身の危険を顧みない無謀な行為」となってしまう世の中。なーんか全部が繋がってる気がしてなりません。

チュヒさんの書いていた「感謝の気持ち」そして「想像力」、人の心はこのまま色々と忘れていってしまうのでしょうか?「私は違う」と思っていても、果たして本当にそうなのかな。それを食い止める力が、誰の心にもまだ存在してると思いたいっす。


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